安達は、ベルギー外務省から紹介されたラウル・ポンテュに、日本公使として自分の考えを切々と述べた書簡を送った。ポンテュからの返事は早かった。「この度の安達公使のお考えに賛同し全面的に協力します」とあった。安達は小さくうなずき、武者小路参事官と対策を練った。安達はポンテュを仮日本公使館に招き、「ベルギーが設置したあらゆる機関を、自分の目で直に確かめたい」と熱っぽく語った。ポンテュは安達に協力を約束し、安達の現地視察には常に先達として同伴するなど、二人の友情が深まっていった。安達が一年間で訪ねた場所は、ル・アーブルをはじめ、北フランス、ブルターニュ、南フランス、スイス、ピレネー地方からイギリスまで足を伸ばしている。戦禍に見舞われた被災国の実情を、肌で直に知ることができ、安達の感性は更に磨きを加えた。安達の現場重視主義は生涯変わることなく、その後の職務にも貫かれた
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